8 (後篇)
本当ならば、グループで行動した方がいい。
だって、夜中に双眼鏡やデジカメを手に こそこそ出掛けるなんて、
事情が判っていなければ いかにも怪しい行動と映るかも。
お巡りさんが 誰も彼もこの時期の天体ショーに詳しいとは限らないし、
普通一般の地域住人の皆さんだって以下同文で。
「今夜はそれほど月も明るくないんだって。」
聞きようによっては穏やかならないそんなこと、
小声でながらも ウキウキと語りつつ。
足音なぞには一応注意し、こんな時分に出掛けるらしい彼らの気配、
そちらは一階の住居のドア越しに聞いて、
おやまと 玄関を怪訝そうに見やってしまったのが、
松田ハイツのオーナー様で。
“怪しい人が徘徊してます…とか 通報されたらどうするんだい。”
そこはさすがに、人生経験も深いゆえ、
ご自身は堅実で慎重であれ そのくらいの想像はつくというもの。
自分も真相は知らない 店子の軽挙を
ちょっと心配しかかった松田さんだったそうだけど。
“…ああでも。”
あの二人を見て怪しいと思うような人は、
少なくとも このご町内にはそうそうおるまいよと。
そっちへもすぐさま思い当たって、
結果 立って出てくところまではよしたとか。
そんな逡巡をさせた罪作りなお二人はといえば、
内緒な行動という要素もまた、内的な盛り上がりに効果を醸したか、
お顔を見合わせちゃあ、こっそりのクスクスが止まらない。
家々の間を縫う生活道路を進んだ先、
やや幅のある中通りへ出れば、何とはなく空気も変わり、
「わあ、さすがに冷えるね。」
先の月食のときだって、
夜更けどころか 七時八時ともなりゃ空はすっかり暗くなってた。
なので、日付が変わる直前なんてな時間帯は随分と冷え込む。
まだ吐息が白くなるほどではないけれど、
長居をするならしっかりしたジャケットが要るだろし、
靴下は必須で、インナーも半袖なんて言語道断と、
ちゃんと寒さ対策をしないと、てきめん風邪を拾いかねない。
なのでという重ね着をし、
いつものトートバッグには、
ケース入りの双眼鏡に、ペンライトと星座表と。
ちょっと甘いめのミルクティーを詰めた保温水筒と、
先のバザーで射止めた
お取っときのふかふかBIGブランケットが入ってて。
ちょっとしたピクニックの更夜版、
若しくは 前倒しのハロウィンみたいなノリで。
頭上の街灯が路上へと縫い止める自分の陰を相手に
前になったり追い抜いたりしつつ、
オニ公園までを 健脚生かして てくてくと歩けば、
「…あ。」
一昨日の集まりが中止となって以降、
特に示し合わせとかいう連絡なぞしてはいなかったのにネ。
集まろうかと言っていた顔触れが 車で乗りつけていたところだったり、
公園へ入れば入ったで
天体望遠鏡を据えていたりというのと眸と眸が合って。
公園内の常夜灯という 月光級の明るみの下ながら、
やあ 来ましたねという小さな笑みを取り交わしてみたりして。
なぁんだという苦笑が洩れるが、そこはそれこそお互い様。
大人同士だからこそ、わざわざ確認し合うこともなかったのであり、
なぁんだという感覚もきっと全員が感じたに違いなく。
こんな鉢合わせになったことこそ、楽しいハプニングと受け流し、
「でもまあ、町内会主催の観測会ほど込み合ってはないと思うよ。」
「そうだねvv」
昨年はといや、
夜空を楽チンで見上げられる好ポジション、
小学校の運動会のゴール前のごとく
早い者勝ちという争奪戦となっていたけれど。
今宵はそういう集まりでなし、
自主的な観測者しかいないものか、
退屈になって駆け回る幼子なぞもおらずの、
どこもここも そりゃあ静かなもの。
そんなせいだろか、
意外な一角に人がいても、陰に馴染んでいるがために気がつかず、
動いたのへ“わあ”と声が出かかり、
それを相手から口許に立てた人差し指で“し〜”なんて制される、
一見コントみたいなやりとりもあったりで。(笑)
《 私のようなビビリには、十分 肝試しかも知れない。》
《 本物の亡者だったら むしろ平気なのにねぇ。》
つか自分でビビリなんて言っちゃったよ、イエスってばと。
そっちが可笑しかったのを気づかれないよう、
何とか小さな苦笑に押さえたブッダだったりもして。
「此処らでいいかな。」
「そうだね。」
少し奥向き、広場周縁のベンチが空いており、
そこへと腰を落ち着けることとする。
じかに座ると冷えるかも知れぬと、
クッション代わりに大判のバスタオルを畳んだまま置いてから、
その上へ腰掛け、お膝にブランケット。
そうした上で、もっと大きい、
毛布ほどありそうなBIGブランケットを
二人一緒に肩に掛ければ準備は完璧。
さほど郊外というでなし、
周囲の家々の玄関灯やら街灯もあって、
夜空を埋めるほどとまでの満天の星はさすがに見えないけれど。
「…………あ。」
背もたれへ身をゆだねて、頭上を見上げたその途端、
何かが視野の端っこを掠めて動いたような。
それでとつい上げた声に、周囲からの似た声も重なっていたので、
《 今のってvv》
《 うん、まずはの1つ目だねvv》
幸先いいねと微笑い合う。
さすがにもう虫の声も聞こえなくて、
猫たちの睦みの声も聞こえなくて。
ぽつんぽつんと植えられた、
何の樹だろうか陽盛りには木陰を作ってくれてた木立の梢が、
夜風に震えては ざわざわとざわめく音がするばかりで。
“ああ、それでも…。”
意識してのことではないけど 二の腕がくっつき合ってる、
それほどまで間近にイエスがいるから。
普段からも独りをいちいち意識はしなかったけど、
今はもっと、それこそ自身をさえ意識しないで
秋の夜陰を堪能出来てる気がしてならぬ。
「……………いえす。」
バッグからゴソゴソ取り出した双眼鏡を目許に当てかけていたの、
チラ見で判っていながら、それへ紛れてもいいかな半分、
何の気なしに呟いてみれば、
「んー? なぁにー?」
いかにも“ながら”という間延びしたトーン、
でもでもはっきりとした返事が聞こえて。
“あ…。/////////”
それがじんわりと胸や総身へ染みてゆき、
何とも甘くて暖かくって。
呼ばれたきりになったのを、
そっちを向いてなかったからかとでも思うたか、
双眼鏡をお膝へ降ろし、
「どうしたの? ブッダ。」
今度はこちらを見ての声を掛けてくれた彼なのへ。
見慣れたお顔、なのに男臭さがやや増したように感じつつ、
ああいや、あのその…と戸惑って、
「いやあの、何でもなかったの。////////」
呼んでみただけと、もしょりと付け足し、
何だそりゃなんて呆れられての笑われちゃうのかなと、
肩をすぼめて待ち構えれば、
「…うん?」
柔らかな笑みを吐息に染ませた、
そっかぁなんていうような、そんな響きの声で応じてくれた人。
変なのと微笑う代わりだったのかもだけど、
そういうことだって有りだよねって、そりゃあ自然に流してくれて。
……うん。そう、だよね。///////
自分だって同じように処したと思う。でもでも何でかな、
“なんでかな。////////”
こんな他愛ないことが、嬉しくてムズムズする。
思いがけなく頭を撫でられた幼子みたいに、
口許がほころぶし、胸元がくすぐったい。
ムズムズがどうにも止まらなくって、
「〜〜〜〜。/////////」
誰が見ているでなしな場所だし状況。
それでも顔を隠すみたいにして、うつむいていたけれど。
そんなくらいじゃ引かない熱に押される格好、
長いめの脚も開いての座板へも深めにと、
それはゆったり構えて腰掛けているイエスなのへ、
肩口もついでにと ぽそり斜めに凭れ掛かってみたりすれば。
「…おや。////////」
こうまで積極的にかかられては、
さすがにありゃりゃと照れも出るのか、
再びこっち向いてくれた彼であり。
「…何か変なんだ、私。」
名前を呼んでみて、それへ返事が返ったこととか、
イエスがのんびり応じてくれた ほわほわ感とか。
そんな他愛ないことが、
「嬉しくってたまらなくってしようがないの。///////」
夜遊びに興奮するよな歳でなし。
そも、夜中の出歩きなんて、
もっと暗い密林とか危険極まりない山岳地帯とかへの行脚
苦行の一環で山ほどこなしたはずなのにね、と。
何だかどんどん実例がズレてくブッダだったのへ、
「ああ、なんだ。////////」
落ち着けずに もしょもしょしていたのの理由を告げられた気がしたか、
気づいてあげられないでごめんと、
それでも目許を細めて和ませてしまうイエスであり。
「いいじゃない、嬉しいの。
それって幸せだってことなんだものvv」
そうと応じて、口元をお髭ごと弧にし、
柔らかな笑顔で見やってくれて。
極端な享楽へ向かうのはよくないけれど、
だからって、
嬉しい楽しいと微笑うのを 不真面目だぞよとして、
片っ端から抑圧しなきゃあとまでは、
ブッダだって言ってないハズでしょう?
「うん。//////」
むしろ、微笑みを向けられたら人は誰しもホッとするもの。
胸のうちがほわんと温まる幸いを、
ちょっとしたことから感じるのって、
「むしろ大切なことじゃないvv」
ブランケットの下をもぞもぞと移動して来た
大きな手のひら、こちらの背中へ添えてくれて。
ふふーと微笑うイエスに絆され。
「そっか。////////」
これっていいことなのかと、
まるで新しいこと教わったかのように、
含羞みの微笑に口許を甘くたわめるブッダの様子が、
何とも言えず初々しくて愛らしくって。
それを見ちゃったイエスの側こそ、
胸の奥底、きゅうとやわくつねられたような気がしてしまう。
“生真面目だからというよりも、”
色々とその身から削って削って辿り着く“孤高の境地”こそ、
ともすれば“解脱”のようなものだから。
嬉しくて感じる温みや、それへと安堵し浸ることさえ、
最初のほうで煩悩だと捨て去ってしまい、
すっかり忘れていた彼なのかも知れぬ。
そうまでして自分を研ぎ澄まし、
世の全て 森羅万象や、他でもない自分自身と、
毅然と向かい合った末に、
自力で崇高な真理を掴み取った強い人。
“だから、
あれもこれも久し振りすぎて新鮮なんだろね。”
規律・戒律への初心者でもあるまいに、
自堕落ということへの物差しがどれほど厳格なのだろかと、
こっちが案じてしまうほど。
肩から力を抜き過ぎてないか、過ぎるほどに気が緩んでないか、
時々不安そうに戸惑うのも、きっとそんなせい。
“…う〜んと。///////”
すっかり安堵の様子で凭れてくれている横顔は、
頼られているのだという形で、
こちらへも甘い幸せを感じさせてくれていて。
自分もイエスに甘えさせてもらってるなんて、
時々言うことがあるブッダだけれど、
実際のところ、そこんところへの実感を
まだ得たことがなかったヨシュア様、
“これも そんななのってことなのかなぁ。/////////”
冴えた夜気の中、ふわんと甘く届くのは
嬉しい覚えのあり過ぎる アンズの実の蜜香であり。
身を寄せ合ってる如来様から発してて、
彼がこちらへすっかりと甘えてくれている証し。
極端に人目がない場だとはいえ、
お部屋の中じゃないってのに、
彼の側からこうも気を許してくれているのは珍しく。
“……そか。甘えてもらうのも幸せ、か。”
ただ好もしいと思う程度なんかじゃあ済まなくて、
キミに軽蔑されたくないと思ったり、
はたまた支えてもらえて幸せと感じ入ったり。
恋情というものは、もはや熱病に近いとりとめのなさで
どんなに経験や徳を積んだ人であれ、
あっさり翻弄してしまうだけの威力があるようで。
とはいえ
甘い蜜夜を過ごしたおり、
頑張り過ぎて疲れたか ちょこっとくったりしたキミを、
そおっと懐ろへ掻い込んで、
わあ今だけお兄ちゃんだと 小さな幸せを噛みしめる。
“あの時みたいな感じかな?////////” なんて
時間帯のせいか、それとも
こうまで身を寄せあってる感覚が似ていたか。
さすがは天真爛漫、
そんなしどけなくも妖冶なことをば引き合いに出して
納得に至ろうとしている辺りが、
ヨシュア様ったら 微妙というか 桁が違うというか…。(う〜ん)
「…いえす?」
「ん? あ……ブッダ、ほらまた流れたよvv」
空に向かって伸ばされた男らしい指先よりも、
その所作へ連動してか、
背中に居残るもう片側の手へまで くっと力が籠もったことのほが、
“………あ。////////”
ブッダ様には甘い何かが胸へと届いた事態だったのは、
はいそうです、此処だけのナイショ…vv
結果として、
結構な数の流れ星を観ることが出来。
連続して十以上も流れたのを観たのをキリに、
そろそろ冷え込んで来たからと、
温かい紅茶を堪能してから さてと腰を上げ。
ああ、お願いをするのを忘れていたね
うん でも、どこ管轄なのか判らないから、
届いたら届いたでお困りにならないかななんて、
微妙な会話を交わしつつという帰り道の途中。
「………お。」
アパートも間近となった頃合いに、
イエスのスマホへメールが届いたようであり。
ジャケットのポッケをまさぐって取り出したモバイルツール、
何て気兼ねもないままに手の上で開いたイエスが、
「あれ? レイちゃんからだ。」
意外そうな声を出す。
…って、おやおやぁ?
こないだの フミちゃんとやらと一緒だった
もう一人のお嬢さんからならしいですが………。
お題 7 『意外と大きな手』
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*どっちが先人ということもない恋情は、
人生経験が尋常じゃない人たちにも予断を許さぬ代物らしく。
達観したままじゃあないからこその
困惑したり混乱したりへ、
わあ新鮮vvと 頬を染めているブッダ様な辺り、
イエス様でなくとも胸を射貫かれちゃうことでしょねvv
めーるふぉーむvv 


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